隣のメグさんのアルツハイマーが 重くなり、ナサリー ホームに移動して一ヶ月少し経た頃、メグさんのボーイフレンドと一緒に、私と娘は尋ねて行きました。
とても綺麗なホームで、メグさんは仲間と毛糸を括っていました。
チャーミングでお洒落だった頃の面影は失せて、虚ろな眼差しでその心はもはやこの世になく私と娘を隣人として認識しはしたものの、我々から見れば意味の無い行動をし、モゴモゴと何かを呟いていました。
共同生活をしている人たちはどの人も、かっては華やかな典型的アメリカの中産階級を謳歌した人たちであると見受けました。
この様な姿を見るのは悲しいことです。
友人の知り合いである夫人がやはりこの病に倒れ、彼女たちが尋ねたときにはすっかり彼女たちが誰であるか忘れてしまっていたそうです。それが悲しくて泣いてしまったら、この婦人はとても美しい言葉で慰めてくれたそうです。友人が言うにはこの婦人はその生涯を隣人に尽くし、良く助け、希望を与えていた人であったそうです。その方は今もなおかつ会う人事に美しい言葉で、話しつずけていると言います。
この日は私たちの生きようを、深く考えざるを得ない日となりました。