Friday, December 2, 2011

年のとり方

90歳のお爺さんと、7年間居住を共にして、学ぶところが沢山あります。 

お爺さんはかの有名な、典型的アメリカのミドルクラスの人生を、外的にも内的にも過ごしてきました。

生まれた時からミドルクラスの一員であったわけではなく、幼い頃はスカンジナビアからの、移民の2世としてカンサスの田舎で親の農業をたすけていました。アメリカが黄金の時代を迎える歩調に彼の人生も沿って、アメリカを支えるミドルクラスの一員となりえたのでした。

夫婦仲も良く、子供も大して悪くは無く、物には十分に満ち足りて何事にも大らかに寛大でありえました。

肯定的な人生観から85歳になっても友達の儲かりそうなビジネスの話に乗り、数年後には全財産を失うこととなりました。

つい最近まで、負の財産の 後始末を息子(我が夫)が助けるのですけれど、お爺さんはこの上ないストレスから2歳児のように息子を怒鳴り散らすのでした。

当然ながら、同居人はイヤーナ思いをします。

人が窮地に陥った時、その人の本姓が現れるものです。
それも最も近い人に向かって。

ごく最近、家を失いかけた時にはその頂点に達し、連日わめき散らしたものです。

その後、家を失わなくてもすむことになっても、何かにつけ支配欲が増長して、我々を支配したがるので、私がかなり強く対すると、驚いて 「ごめんなさい」 というのですけれど、又同じことを数日後にするので、「おおこれは」 と夫と頷きあいました。

老いて心を失い始めると、その人の本性だけが現れる、この世にいながらあの世の姿を見ているようです。

その時には既に、自分を省みることさえ出来なくなってしまっている。

日々の精進がどれほど、貴重なことかと思うこの頃です。

1 comment:

  1. どのように老いていくか…
    老い方というものをよく考えさせられます。
    娘が介護の仕事をするようになり、現場の報告を聞きますが、
    老いという実の結び方は様々で、おおらかに謙虚に可愛らしく
    老いて、周囲の人々にも良い影響を与えてくれる人もいれば、
    逆に、気難しく傲慢で短気になっていく人もいると。
    人生の終わりに近づき、それぞれに結んだ実の経路は
    どうだったのかと思わせられます。
    霊界に行く前に、整えておきたい心があります。

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